思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


屁理屈なおばさんのひとり言ですが

登場人物を“名もなき人”っていうドキュメンタリー番組のナレーションが気になります

前回の記事からの延長線になります。

どんな命にも役割があるっていう話を、ブナの原生林に例えて書きました。

私は、人もこの地球の細胞の一つとして循環を終えることが大事だと思っています。
ただ、できれば美しく清らかに明るい光に向かう感じで、がいいかなとは思いますが。

だから別に大輪の花を咲かせなくても、大木にならなくても、または芽すら出なかったとしても、その命に与えられた寿命を全うすればいいと考えています。

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なので私は世間でいう“成功者”にならなくてもいい、と思ってる派です。
成功者って、何を基準とするか、何と比較するかで変わってきますしね。
ビジネス限定で使うならまだしも、人生に当てはめる言葉ではないなーって…。


この系統で、どうしても気になっちゃうのが“名もなき老人”とか“名もなき人”っていう言葉。

ドキュメンタリー番組とか、バラエティ番組とかで、村人に密着して生活ぶりを追いながらその地方を紹介したりする時のナレーションで時々聞きます。

テレビではなく、本や雑誌などで活字として“名もなき老人”と書いてあるならば、さほど気にならないと思うんですよね、映像がないから。

でも、現に生きて生活している87歳のおばあちゃんの生活ぶりを紹介しておいて、“名もなき老人”って言われると、
「名前、あるし!」
って思わず突っ込んでしまう…。

もちろん、有名ではないっていう意味で使っているのはわかってますが…。

でもおそらくお住まいの地方ではみなさんご存知の名物おばあちゃんだと思いますし、お孫さんが十何人もいるといったら、親戚だけで相当数にのぼる一族のおばあちゃんですよ。

毎日精力的に畑仕事して、生き生きと充実したお顔をしているおばあちゃんを、“名もなき老人”はないよな〜って。

どんだけ上から目線の言葉かしらって思っちゃう。

このおばあちゃんがいなかったら、絶対に今のこの世ではないはずなんです。
もしかしたら“名もなき老人”っていうナレーション原稿を作った人だって生まれなかったかもしれないのに、そんなに軽んじていいのかっ!ってね。
屁理屈ですけど…😅


似たような話をひとつ思い出しました。

私の義母が7年住んだ施設で亡くなった時のことを、電話で実の父に話した時のことです。
(義母のことはもう一つのブログの方で書いています。)
危篤の連絡から5日間、義母は静かにゆっくりとその時を迎えました - 親二人、無事に見送りました

私と父は普段電話であまり話しませんが、その時は特殊な状況だったので、私も用件以外のこともしゃべったんですよね。

義母は飲まず食わずになってからも5日間がんばってくれたので、施設でお世話になったスタッフさんがお別れの挨拶をしに来てくれましたし、見事な去り方にスタッフの方々も涙と共にお褒めの言葉までくださったのです。

そんな話を父にしたら、

「ほー!あんなおかあさんごときでもねー。」

と言ったんです。

 

うーーん。(~_~;)


これも、どんだけ上から目線かしらといまだに覚えています。

お察しのように、私の父親も相当の毒親
母と同じく、自覚はないですけどねー。


言ってる方はなんの気なしに使う言葉でも、その人の底の方に横たわる差別的な意識って、ちゃんと伝わるものですね。

もうすぐ“こんな親”(わざと使いましたよ😝)の80歳と、うちの娘の20歳のお祝いをするんです。

心のシャッター半分閉じて、いつでも全部閉めれるように準備して頑張ります。

 

今回の記事はここまでです。
お読みいただきありがとうございました!

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    家族支援カウンセラー 海野しぶきでした🌊