思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


私が中学時代の、不登校で発達障害の友だちのこと

今でもしょっちゅう思い出す、聡明な女の子

今アラフィフの私が、中学生だったころの話です。
当時通っていた中学では、クラスが違っても女の子同士近所の子が集まって登校していました。

一番学校から遠い私からスタートして、次に遠い子の家に行き、二人で次の子の家に行き、という仕組みで学校に近づいて行って、最終的には5人組で登校してました。

そうするように言われていたので、少し遠回りになっても、時間がかかっても、全く疑問に思うことなく毎日同じ通学路で行ってたのです。

そのうち、私が2軒目に寄る友だちは今でいう不登校の子でした。
もう40年近く前のことですから、今となってはその子がどの程度登校していたのか覚えていませんが、中学2年生くらいからほとんど一緒に登校してないと思います。
家の前で10分くらい待つと、結局お母さんが玄関に出てきて謝るんですけど、毎朝必ず寄っていました。

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登校はしませんが、その子はとても頭が良くて博識で、いつも興味深い話をしてくれました。
私自身は彼女と話していて楽しかったので、数カ月に一度は学校が終わってから彼女の家を訪ねて、漫画を借りたりしてたのです。


彼女は今でいうひきこもりの状態でしたが、何せ当時はネットもないので、漫画や本を買うために出ないとなりませんし、少ない情報を渇望していて、部屋に閉じこもるタイプではないようでした。


今の私はこうして当時の彼女のことを分析できますが、10代後半の思春期のころは驚くことばかり。
やはり感覚過敏に悩まされていて、髪の毛を切るのも痛いんだそうです。
だから切れないと言っていましたが、どうして神経のない髪の毛が痛いのか、不思議な話にびっくりしたので、今でも忘れずに覚えています。

ほかにも、本来聞こえないはずの声が聞こえてくるといい、心霊現象や占い、前世などのオカルト的な方面にはまっていき、自分がなぜこうなのかをずっと探っていました。

いつもいつもこのままじゃだめだと苦しんでいて、その時できることを一生懸命やっていたんだと思います。


高校には進学しなかったので大検を取り、大人になってから通信制大学に行ってました。
たまにあるスクーリングでは先生の話に納得できず、みんなが困るような発言をしてしまう、と私が相談されて困った記憶があります。


細々と続いていた付き合いは、私が結婚して住むエリアが離れてからもしばらく続きました。

彼女が話す内容や、注目するポイント、自分の興味を熱心に話している様子など、今私が目の前で直面している娘ととても重なるので、今さらになって当時の彼女の理解が深まっている感じです。


彼女は、恋愛で悩むようになったり、お母さまがガンで亡くなられたりして、徐々に深刻な域へと進んでしまったのだと思います。

どうやって調べたのか、なかなかに怪しげな研究所も訪れていましたし、一般のクリニックではなく、かなり専門的な診療科にもかかっていました。


そしてある時の電話で、「私、発達障害っていうんだって。」と言ってました。

今から18、9年前のことです。
まだまだ今のような情報はなく、彼女も自分が障害であることは受け入れ難いようで、そのことについての言及はそれ以上ないまま…。


そして彼女は、結局宗教の世界に身を置くことで救いを求めたのです。

どこかの神社だと言っていましたが、当時まだ30代前半の独身女性ですから、その世界では若かったのでしょう。
「妾になれ」と脅されているし、古くからいる女性たちには目の敵にされている、と言ってました。
救いを求めて入った世界で俗世に揉まれ、意味があるのかどうか、矛盾だらけの話でしたけど…。


その後、うちの娘が幼稚園の頃だと記憶していますが、彼女から
「死にたいよ〜、助けてー」
と泣きながら電話をかけてきたことがありました。

私は当時、全く知識がなかったものですからものすごく動揺してしまって、一旦彼女の電話を切り、震える手で命の電話にかけてみたのです。


ところが、何時間かけ続けても話し中。
娘のお迎えには行かなきゃならないし、そのうちにこちらの震えは治りましたが、今にも死んでしまう人がいるのに電話がつながらないなんて、役に立たないじゃないかと、怒りがこみ上げてきてしまいました。

電話がつながらない間、私はありとあらゆることを想像してしまい、どうやって住所しか知らない彼女の家に警官を向かわせたらいいのか、そればかり考えてました。


数時間後、やっとつながった電話で、私がここに電話した経緯を説明したら、
「死にたい、助けて、と言っている友人は、本当は死にたくないからあなたに電話したんです。
すぐには死なないから大丈夫。」
と教えてもらいました。
そこで初めて死にたい人の気持ちに触れた気がします。


と、そこまでは覚えているのですが、その先私がどうしたのか、全く覚えてないんですよね。
もしかしたら安否確認の電話をかけたのか、しばらくしてから手紙が届いたのか…。

確かに、命の電話で話してくれた人が言ったとおりだったのは覚えています。


しかしその後、彼女からの連絡は来なくなりました。
今どうしているのか、どこに住んでいるのかもわからずじまい。
中学時代一緒に登校していた別の友だちに聞いてみても、結局わかりませんでした。

今でも毎日のように彼女のことを思い出します。

これだけ発達障害がメジャーとなった世の中ですから、自分の理解も進んで、少しは生きやすくなっているといいなぁ、生きてるといいなぁ、と願うわけです。

 

 

今回の記事はここまでです。
最後までお読みいただきありがとうございました!

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    家族支援カウンセラー 海野しぶきでした🌊