不登校ひきこもり 思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


#8月31日の夜に。生きていたいから、子どもは不登校を選んでいます

生きるのがつらい若者と暮らす家族へ向けて、私からのメッセージ

長い夏休みが終わるこの時期は、子どもの自殺が増えるということで、各メディアでも自殺予防関連の情報が出ていますね。

NHKハートネットTVでは昨年から「#8月31日の夜に。」というハッシュタグを立ち上げ、生きるのがつらい10代の若者をターゲットにした、不安で憂うつな気分を分かち合えるサイトがあります。
#8月31日の夜に。 - NHK ハートネットTV


今回の記事は、そのテーマにそって、生きるのがつらい子どもと一緒に暮らす家族へ向けた、私からのメッセージです。

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不登校になりやすかったり、いじめの対象となりやすいST気質(発達障害及びその周辺のグレーゾーン)の子は、夏休み明けのこの時期、特に注意が必要となります。


たまにニュースで、
「自殺した生徒について、学校や教育委員会の調査の結果、『いじめはなかった』ということでした。」
と報道されることがありますね。

その調査がどの程度のものなのか、本当のことはわかりませんが、この「いじめはなかった」と評価される現象は、家族支援メンタルサポート協会の森理事長が提唱している、ST(スペシャルタレント)気質の、特に思春期の子の特性で説明がつきます。

ST気質の子は、もともと五感の鋭さが特徴としてありますが、思春期の時期は、ストレスから敏感すぎる状態となり、人の視線や話し声がすべて自分に向けられ、悪く言われてるように被害妄想的に感じる特性が出てしまうのだそうです。

そのため、クラスメートがグループに分かれてただしゃべっているだけでも、そのヒソヒソ声やザワザワと反響する声が攻撃に感じられてしまいます。


もしかしたら、一人でポツンとして固まっているその子を見たクラスメートは、
「あの子ヤバくない?」
などと言ったかもしれません。
同じグループのメンバーが一斉に横目でその子を見て、うなずいたり、「マジヤバ」などと言ったりしたかもしれません。


こうした何気ない会話は、直接本人に向けられたものではないため、客観的にいじめと判断できるものではないでしょう。
しかし、本人にとっては十分いじめと感じる理由になると思います。
みんなで自分のことを見て、話題にしたのなら、攻撃されたのと同じだと感じることでしょう。

こういう感覚の問題は主観的なものですから、他者が同じように感じるとは限りません。
本人が仲の良いと思っていた友だちや先生に勇気を出して相談しても、
「そんなことなかったよ」「思い過ごしじゃない?」「気にしなくていいよ」
などと言われると、自分が否定されたように感じるのです。
相談された側としては元気を出してほしくて言った言葉だとしても、本人はその人に向けて開いていた心の扉を閉めてしまいます。
そして、二度と開けません。


ST気質の子は、基本的に真面目で頑張り屋さんですから、他人に迷惑をかける人が許せませんし、自分も常に人には迷惑かけたくない、と思っています。

完璧主義で加減がわからないので、ギリギリまで無理をしますし、自分の感情を言葉として表現するのが苦手な場合も多いです。

そのため、親にすら何も伝えないまま、命を絶つことがあるのです。

また、思春期の急激な発達段階にある子どもは、自分でも気づいていないほど力が強くなっているため、特に男の子の場合は力加減を知らなかったり、衝動的な瞬発力で命を落としてしまうこともあります。


一方で、登校しぶりになりかけている子が、親に体調不良を訴えている場合は、むしろ生きるエネルギーが強い子と言えるのでは、と私は思っています。

この子たちは、誰一人として怠けて休んでいるわけではありません。
「学校に行かなければ」という思いとは別に、本能的な自己防衛反応でからだに症状が出ています。

生き続けるために、自分の命を守るために、学校に行けなくなっています。

それはたましいの叫び。

脳みそも、心も、からだも、バラバラで苦しんでいるのです。


脳みそは行きたがり、
からだは行けなくなっていて、
口では死にたがっています。
でも、この子のたましいは生きたがっています。


生きなくちゃいけないから、たましいが不登校を選んだのです。


たましいの叫びに、どうぞ気づいてくださいね。

 

人は、生まれながらの障害があっても、
事故や病気で不自由なからだとなっても、
他人と意思の疎通ができないまま何年間も寝たきりとなっても、
不登校でも、
ひきこもりでも、
働けなくても、
どんな人間だって、
その時が来るまで、その人らしく「生ききること」に生きる意味があるのです。

何かできない、足りない、“普通”と違うからといって、生きる価値がないと思うのは間違いです。
どんな人間でも誰かと影響しあい、生きているだけで意味があるのです。

途中で自ら人生を終わらせることがあってはなりません。


もし学校に行きたがらず、「死にたい」と言っている子どものことで悩んでいるお母さん、お父さんがこのブログを読んでいたら、ぜひ、自信を持って、しっかり学校を休んで、心もからだも学校から離していただきたいと思います。

そして、子どもがたましいのレベルで安心して過ごせるように。


親がなんの迷いもなく、自信を持ってそれができるようになることが、何よりも大事なのです。


今回の記事はここまでです。
最後までお読みいただきありがとうございました。