不登校ひきこもり 思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


ADHDの娘が、学校ならではの生活で困っていたこと

先生の言うことはどうしても聞きたいから、挙手もするし立候補もする

新学期が始まりましたね。
今回は、中1で発達障害ADHDと診断された娘本人が、自分の気質を受け入れるようになってから、ポツポツと思い出して言っていたことをまとめてみます。

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まずは小学生の時のこと。
娘自身、苦痛や居辛さが顕著になってきたのは、やはり“つ離れ”(10歳以降)を過ぎた高学年からのようです。

委員や係を決める時など、立候補する人が手を挙げますが、娘は何でもやりたくなっちゃうそうです。
高学年になると、ある程度は自分の適性もわかっているので、自分が選ばれないことはわかるんだけれども、どうしても手を挙げたくなってしまうんだとか。

この立候補系の挙手の対応策として娘が編み出したのは、「他のことを考えてやり過ごす」だそうです。
窓の外を見るのが一番いいのだそう。

また、授業中に先生から「わかる人は手を挙げて」と言われると、ここでもやはりわからなくても挙げてしまうんだとか。

「挙げて」と聞こえるから挙げたくなる…。
おそらくこれは「先生の言うことは聞かなくてはいけない」からくるんでしょうね〜。

それで実際に先生から当てられた場合の娘の対応策は、「小さな声で発表する」です。
この方法は私も小学5年生の時に授業参観で実際に見たことがありますが、聞き取れないくらい小さな声で何かゴニョゴニョ言っていました。

担任と私の二者面談では、「すごい小さい声なのに、いつも手は挙げる。」と先生も不思議がっていました。


また、ルールはちゃんと守りたい娘。
先生から真面目にやるように言われると、何でも一生懸命です。

班行動で作業をする授業では、みんながダラダラやるのが我慢できません。
並んで一人一回ずつやるような作業の時は、みんなにわからないように自分だけ2回やったりしたそうです。


その他、授業中に待たされるのが苦痛で、ノートに書き写したり、問題を解いた後の余った時間が嫌いなので、待つ間に宿題にやったり、落書きしたり。


最も困ったのは小学校の卒業式の練習らしいですよ。
座って長時間何もしないのが耐え難く、小さな声で隣の子と喋っていたと教えてくれました。

私が娘の小学校卒業式で思い出すのは、校長先生から卒業証書を授与され、回れ右して歩き始めるところ、180人の卒業生のうち、娘だけが回れ右を忘れてクルッと左回りで振り返ったことです。

何度も練習しただろうに、やっと動いて良くなって、しかも本番ですから、舞い上がっちゃったんでしょうかね〜。

大体、いつもそんな感じの子でした。

常に真面目でいたいことからくる苦痛

中学に上がると、困り感が増していましたが、自分は常に「真面目にやりたい」のだそうです。

なので、授業を妨害して騒いだり、掃除の時間にサボったり、合唱祭の練習でふざける男子は、嫌で嫌で仕方なかったと言ってました。

そういう娘も、手のひらの感覚の問題で濡れた物が触れないので、掃除の時間に雑巾の当番だと苦労したと教えてくれました。
真面目にやりたくてもできないからです。


先生の言う事は聞かなくちゃいけない、自分は言われた通りにやりたい、という気持ちが強く、先生から見ても、娘はいつも先生の近くで率先してやっていたでしょうから、積極的な姿が印象に残っているようでした。

合唱祭でも、体育祭でも、親が見ても娘は生き生きした表情で活動的でしたから、てっきり楽しんでいるのかと思っていました。

ところが、不登校になってからの告白を聞くと、楽しいわけではなくて、やらないといけないという強迫観念が強かったみたいです。

とにかく怒られるのが怖いので、不得意なことでも「適当に」手を抜くことができないんだとか。
「適当」とか「大体」とかがわからないですからね。


中学ではテストの順位が発表されますし、授業でも常に成績を意識させられます。
授業前に席に着いていないと減点だと脅されたり、課題の提出も成績に直結するので締め切りを守るように言われます。

なのに娘は忘れ物が嫌なので、全て置き勉してきますから、家では宿題ができません。
こんな調子ですから授業態度が良くても要領が悪く、真面目にバカが付いてしまって評価に結び付きません。
娘は真面目さが評価されないことに理不尽さを感じているようでした。

そして、みんなは当たり前にやっていることが、「やらないといけないけど、できない」となってきて、0か100の気質ですから「できないから行かない」に移行しました。


こうして少し書き出してみるだけでも、みんなと同じことができて当然という学校システムは、娘のようなタイプの子は怖かっただろうなぁ、と思います。
おそらく常に恐怖が蔓延している場所だったのでしょうね。

娘は19歳になった今でも、
「あのまま中学に行ってたら死んでた。」
と言っていますから、つくづく、彼女の場合は辞めて正解だったと思います。


今、学校で問題なく生活しているように見えるST気質(発達障害及びその周辺のグレーゾーン)の子どもたちが、実は思いがけないことで我慢し、苦戦し、耐えながら頑張っていることを、大人たちがもっと良く知って欲しいなぁと、強く思います。

大人とは、親だけではありません。
学校にいる大人もみんな、です。
養護の先生やスクールカウンセラーの先生だけでなくってね。