不登校ひきこもり 思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


中学2年生から不登校を選んだ娘は、学校とどう付き合うことにしたか

一人の生徒ではなく、個人として見てくれたことが救いに

今回する娘の話は、発達障害ADHDの診断から1年後、中学2年生で不登校が始まってからのことです。

娘の場合、不登校の直接的な理由は感覚的な過敏さからくる体調不良でした。
だんだんと普通の学校生活を送ることが難しくなったのです。

そして中学2年生の11月、「明日から学校には行かない」と宣言され、その後冬休みを挟んで適応指導教室も行ってはみましたが、結局お試し期間に規定日数の登校はできませんでした。(ということは適応指導教室に在籍することはできません。)

私も娘の鬱々とした様子が心配になり、カウンセラーの先生に相談しながら、家でなるべく刺激を受けない生活をして休んだ方がいいということになりました。

娘には「一旦しっかり休もう!」と私からも宣言して、完全不登校に突入です。
それが中学2年生の1月のこと。

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こうして本格的な不登校になると、学校側も対応を不登校バージョンにスッと切り替えてくれました。
学校と娘の間に私が入り、連絡事項もスムーズにやり取りができるようになったわけです。(娘は学校でのことを私に報告できないので、連絡事項がうまく伝わらない。)

娘の方も「みんなと一緒の私」として学校と付き合うより「私個人と付き合ってくれる学校」の方が面白いようでした。

中学3年生になると、たまに放課後登校ができるようになったんですけど、担任の先生が発達障害の特性についても興味深く話を聞いてくれるので、娘も話すのが楽しくなったようです。

最初は教室で担任の先生との面談だけでしたが、慣れてきたら他にも会いたい先生がいたらしく、徐々に職員室で話すようになりました。
知り合う先生の数も増えていき、6〜7人の先生に囲まれながらおしゃべり、ということもあったようですよ。

そして、ちょっとしたお菓子に始まり、スケッチブックや美術の専門書、CD、ふかし芋に至るまで、その時によっていろんな物を貰って帰って来ました。
行けば何か貰える、というご褒美システムが先生との間に自然とできあがって、それも放課後登校のモチベーションになっていたかもしれませんね。

嬉しそうに帰宅するので、学校にお礼の電話をすると、大抵担任の先生も「楽しかったです!」と言ってくれます。
一体何を話してたんでしょうね〜?笑

こんな感じで、中学3年の時は一度も授業に参加していない娘ですが、先生方にはしっかり覚えてもらえたし、娘も先生たちとはすっかり知り合い気分でした。
娘曰く、仲良しのクラスメートの子より先生たちの情報に詳しかったとか。

このように先生方と個人的なコミュニケーションができたことは、娘にとっては中学時代の数少ない良い思い出となっているようです。
高校を自主退学した時は、律儀に中学に報告に行ってましたしね。
公立の学校ですから、知っている先生はみなさん異動されたり退職してほとんど残っていないにもかかわらず、です。

当時、親の私も電話したり、学校へ出向いて手紙をもらったり、先生との触れ合いは順調に登校している子どもの親に比べたら多かったと思います。

そんな中先生の仕事を垣間見て、中学の教師ってストレスたまるだろうなぁと思っていました。

体力的にも精神的にも、相当タフでないと続かない職業だと思います。
多岐にわたる業務が毎日たくさんあるのに、いつも笑顔で娘のために夜遅くまで時間を作ってくださった先生方には、私自身今でも本当に感謝しています。

残る記憶をプラスのイメージにできるか、という視点を持つ

娘が実際に通っていた頃は、学校はただただ辛い所だったでしょうが、自ら放課後登校すると決め、先生方と話して面白かった、というエピソードを作れたことは、脳の辛い記憶にプラスのイメージを上書きできていることになります。
それはある意味で生きる力がある、底力があるということであり、素晴らしいことだと思っています。

今回した娘の話は、今お子さんの不登校で悩んでいるお母さんにとって、参考になる話かどうかはわかりません。
けれども、マイナスのイメージだけを残さない、プラスのイメージを上書きする、楽しかったエピソードとして思い出に残す、という視点でとらえていただけたらなー、と思うのです。

ST(スペシャルタレント)気質の人は記憶力が良く、しかも否定的なことに固執しやすいので、フラッシュバックが起きたりPTSDになりやすい特徴があります。
大人になっても学校時代にいじめられたことや、兄弟や親に言われたことを鮮明に覚えているのもこの気質のためです。

学校は継続するところではなく、一つの通過点に過ぎないですね。
先生との付き合いも友だちとの付き合いも、数年すればすっかりメンバーが入れ替わり、それぞれに成長して、別のステージでまた自分の世界を広げていくものです。

そのたった一つの通過点である学校にこだわるあまり、子どもの脳や心に取り返しのつかない傷を付けることの恐ろしさを、考えてみたことはあるでしょうか?
大人のひきこもりの人が病理の域から出られなくなり、親を恨み続けるという話を聞いたことはないですか?

この先ずっと残るかもしれない記憶への影響を考えるのも、気質に合わせたサポートとなるのかもしれません。
子どもの不登校についても、そんな視点も持ち合わせていただけたらなーと思います。