不登校ひきこもり 思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


中学の途中で発達障害と診断され、不登校になった娘への学校側の対応は?

真面目なタイプの子は発達障害と気付くことが難しい

前回、中学生になった娘がどんなことで学校生活に困っていたかを書きました。
私には本人の本当の辛さはわからないので、書いた内容を当事者の方が見たら、もっとこうだったああだった、という具体的な話があるだろうと思います。
それこそ、書ききれないほどの困り感があったから学校に行けなくなったはずなんですから…。


【前回の記事はこちら↓】

ssbluesoudan.hatenablog.com

 
娘の場合、学校では200%の力を発揮して頑張るタイプで、先生方から見れば何の問題もない子でした。
行事は積極的に頑張りますし、成績も真ん中くらい。
学校では周りに合わせて大変さを隠していたので、結果的に家で大荒れの娘のことは私しか見ていなかったわけです。

幼稚園、小学生時代も私は娘の様子を担任に相談していましたが、誰一人として理解してくれる先生はいませんでした。
中学に入り、これまでよりさらに一層難しくなった娘の状態を検索してみて「反抗挑戦性障害」というあまりにひどい名称の単語にひっかかり、そこから「発達障害」、「ADHD」と結びついて行ったわけです。

中学1年生の夏にそうではないかと見当が付き、秋に検査を受けて、ADHDと診断されました。
つまり、学校側からは何も言われていないのですが、こちらが困り果てて病院の扉を叩いた形です。

個別の支援、援助が難しい学校の仕組み

診断後は私が担任や主任先生、他にも数名の先生が加わって面談しました。
年度が変わる前には教育センターからも先生が来て、学校の先生と一緒にこちらの情報を吸い上げてくれました。

診断された以上、私は娘に合わせた対応を希望すれば、ある程度システマティックに、全ては無理だとしても、最低限は対応してもらえるかと期待していましたが、現実には何もありませんでした。

今になって思うのは、おそらく中学側でも生徒が途中で発達障害だと診断されるケースはそう多くなく、それなりに対応に困っていたのではないか、ということです。

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いくら担任が親身になって私の話を聞いてくれても、普通に登校して授業に参加している娘に、特別の対応は難しいのです。

教室での座席を固定してほしいと希望したものの、そのクラスは月に1回くじ引きで席替えしていたため、結局希望通りにはいきません。

また、印刷物が読めない娘のために、教科ごとに先生から個人的に手書きのメモでもいいから渡して、課題の指示を出して欲しかったのですが、それもムリでした。

娘は聴覚過敏で苦しんでいたので、自分から担任の先生にノイズキャンセリングのヘッドフォンを装着して過ごせないかと相談しましたが、耳栓ならいいけれども、ヘッドフォンはダメ、と言われたそうです。

なにせ生徒が900人以上の公立マンモス校でしたから、他にも発達障害の子はいるはずなのです。
中には小学生の頃から診断されている子もいたでしょう。
しかし、先生方から具体的にできる配慮について提案もありませんでしたし、実際に全校生徒が参加する行事を見ても、特に配慮とすぐわかることは行われていないようでした。

私は当時発達障害児の親としては新米だったので、他の発達障害の生徒やその親、またその担任がどのように工夫しているのか教えてもらいたかったのですが、担任からもスクールカウンセラーからも個人情報の観点で一切情報はもらえず、全くわからずじまいでした。
ただ単純に先輩お母さんたちのやり方を情報として知りたかっただけなんですけどね〜。

学校全体ではなく結局は先生個人の知識や経験で左右される

中学側では、ケアが必要な子どものことは職員全体で共通認識としてあるとのことでした。
それは、そうしなければならないルールがあるからです。
だから私も年度の変わり目で教育センターの先生も加わって面談したわけです。

しかし、先生方はこの子は発達障害と知っているからといって、全先生が発達障害の子への対応の仕方まできちんと理解して実行できているわけではありません。
なので、実はいたる所で適していない対応が取られていました。

私は月一でスクールカウンセラーの先生に相談に行っていたので、通常の授業中に学校を訪れていたのですが、授業を静かに受けられないタイプの子はしょっちゅう頭ごなしに怒られていました。

発達障害の診断はされてはいなくても、いわゆるグレーゾーンに当たる子は集団生活に苦戦しています。
人前で怒られたり、脅されたりすることは、より自己肯定感が失われて、自暴自棄になるので悪循環ですが、彼らに適した対応が取れる先生がいないのかと、こちらが心配になるほど強く怒られていました。

娘がヘッドフォンの装着を拒否されたことも結局担任の判断でしたし、学校全体として方針が決まっているようには見えなかったですね。

娘の場合はこれまで普通にみんなと一緒にやっていたわけで、途中から急にケアが必要になったと言われても、学校側としても「?」というのが本音でしょう。

しかも、娘本人も一人呼ばれて特別扱いされることは、目立つので嫌なのです。
そのためせっかく担任が席替えのことや提出物について声をかけてくれても、「大丈夫です!」と答えてしまいます。

学校が親側の要望に応じてサポートの姿勢を示してくれても、本人との間にはズレがあるんですね。
それでどうなるかというと、結局課題が提出できなくなり、登校渋りの始まりです。

そして本格的な不登校になってからは、学校側も対応を「対娘」の特別バージョンにスッと切り替えてくれたのでした。
マンモス校でしたから、不登校の子の人数も毎年それなりにいるはずで、先生から登校刺激をしないなど、不登校に対する実績はあるようでした。

こうして娘が不登校を選んだことで双方に友好関係が生まれ、それは卒業まで保たれたのです。

では、次回は娘が不登校になってからどのように学校と関わったかを記事にしたいと思います。