不登校ひきこもり 思春期ブルー相談室ブログ

家族支援カウンセラー海野しぶきによる不登校・ひきこもりの解説と、わが家の話


中学生になってから発達障害ADHDと診断された娘は、学校でどんなことに困っていたか

卒業式のシーズンですね。
娘が中学を卒業したのは4年前のことになりますが、今回は当時のことを思い出しながら記事にしたいと思います。

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娘は、中学1年生の途中で発達障害ADHDと診断されました。
これまで本人はもちろんのこと、家族も“普通の子”として暮らしてきたので、診断前後はそれこそ大混乱の荒れ放題。

当時は本人も私も苦戦していましたから、なぜ辛いのか、ということが全然分析できませんでしたが、時間をかけて「ST気質」として受け入れたことで、わかったこと、納得できたことがあります。

こらえきれない苦戦が始まったのは中学生になってから

小学校では一人の担任の先生がほぼ全ての教科を見ますので、子どもはとにかくその先生の話を聞いて覚えておけばいいですね。
指示は黒板に書かれたり、大きく紙に書いて貼り出されたりしますし、週に一度しかない教科のことも、前日にはアナウンスがあります。
教科書の字も大きく、授業内容も難解ではありませんから、発達障害やその周辺のグレーゾーンの子で視覚優位な子は、パッと見ただけでおよそのことは覚えてしまい、さほど予習復習しなくとも授業についていけます。

ところが中学生になると、担任の先生との密な関係はなくなり、教科ごとにいろんな先生との関係を築くことになります。
一人ひとりの特徴やクセを把握するのも大変です。
一週間に一度しか会わない先生からの指示は、自分で思い出せないと忘れ物につながり、怒られたくない娘はとにかく置き勉で対応していました。
怒られる、恥ずかしい目に合う、ということに耐えられないんですね。

また、中学生の授業態度ってクラスによっては荒れていて、とても授業が成立しているとは言えない状態です。
怒鳴り声や奇声が飛び交う中で先生の声を聞き分けなくてはなりません。
普通の子でも神経を使う(もしくはあえてシャットダウンする)でしょうが、娘は「先生の話は聞かなきゃいけない」と幼稚園に入園する前からのインプットがありますから、ひと言ももらさずに聞こうとします。

聴覚の過敏さが顕著になってきた娘は、教室中に響いて反響する人の叫び声で気分が悪くなってしまいます。
それでも必死で先生の声を聞こうとし、ものすごい集中力を使って疲れきってしまうのです。

親が思いもよらないことに恐怖を感じていました

中学では先生からの指示も小学校とは違って高度になり、口頭だけで済まされることも多々あります。
娘は、同じ定期試験のことなのに、教科によって試験範囲の発表のタイミングがバラバラなのも気になるようでした。

定期試験の範囲表が一覧で配布されるのですが、教科によっては「詳細は授業中に口頭で説明」というのもあります。
予測が大事なタイプの娘はそれがいつ知らされるのか書いていないので、いつ言われるのかわからない恐怖でいっぱいだったようです。

何かが怖い、という感覚は私が想像するよりはるかに強く、いかんともし難いもののようで、「そんなこと気にしないで大丈夫。」というアドバイスは娘には通用しないのです。

休み時間は10分しかないのに、体育の次が音楽の授業だったりすると、着替えてから教室を移動するのも大変です。
音楽の先生は前の授業が何かも知りませんから、ダラダラ行動する中学生をコントロールするためだとは思いますが、「5分前に着席していないと減点」と子どもたちに言っていたようです。

すると、言葉通りに受け止める娘は、5分前にはとても間に合わない、という現実から、減点されることに恐怖を感じ、体育の次に音楽のある曜日は学校に行きたがらなくなりました。

私がいくら「本当に減点するわけじゃなくて、脅しで言ってるんだから、先生が来る前までに音楽室にいれば大丈夫よ。」と言っても聞き入れられないのです。

学校生活が困難になるほどあらゆる過敏さが出てきました

先ほども書いたように、聴覚の過敏さは荒れた教室で気分が悪くなるほどだった娘。
一度スクールカウンセラーに相談に行っていますが、「みんなうるさいわよ」と言われて取り合ってもらえなかったという経験をしています。
最初のインプットが強く、しかもネガティブな記憶が残りやすい気質なので、この経験以降、教育機関でカウンセリングを受けられなくなってしまいました。

また理科の音の実験では、泣くほど具合が悪くなってしまったため、一人実験を中断して先生に許可を得て教室を出たこともあります。

授業中だけではなく、学校という場所は音の問題がいつでもどこでもついて回りますね。
吹奏楽部の練習の音も学校中に響いていますし、静かな場所などありません。

体育祭、合唱祭などの行事でも、練習中から声や音に大変辛い思いをしていたのに、真面目で0か100、やるかやらないか、の性質ですから、ものすごく一生懸命に取り組むのです。
それこそリーダーシップを取るほどに頑張るわけですから、先生としてはこの子がいて助かるくらいの存在だったようです。

音の問題だけでなく、過敏さはアレルギー症状も悪化させていました。
掃除の時間は目はかゆい、くしゃみは出る、雑巾は触れない、と困難尽くしでも、本人はどうしても“やらなきゃいけない”のです。
やらないでサボっている男の子が許せなくて、うちに帰ってきてからも怒っていました。

視覚的な面では、小学生までは“優位”な感じだったのだと思いますが、中学生になり途端に“過敏”になりました。
印刷物の反射が眩しくて、教科書やプリント物が読めなくなったのです。
小学生の時は読書もすごいスピードで読んでいたのに、ぴたっと本が読めなくなりました。
青白い光の蛍光灯がとてもまぶしいそうですし、こんな状態では授業中はさぞ辛かったろうと思います。

味覚とか口内の感覚も敏感な娘は、好き嫌いというより、食べられないものが結構あります。

人工的に作った味や香りの強いものも受け付けません。
食材が美味しければしっかり量も食べられますが、美味しくないものを仕方なく我慢して食べるということはできません。

なので、中学の給食はほとんど食べる物がなかったようで、この頃から食に対して質も量も不規則でムラが出るようになりました。

今思い返しても、この時期はあらゆる感覚が敏感で、本当に日常生活もままならない感じでしたね〜。

本人は、外で受けたストレスを家で発散するために、私に当たり散らしたり、爆発したり、フリーズしたり、トイレにこもったりしてましたよ。

それでバランスを保とうとしていたのでしょうが、こういう状態は、もう限界を超えている、ということなんですよね。

これらは全て今だから分析できることで、当時は全くわけがわからず、このおかしな状態を直そうと必死になってました。

もし今の知識が当時の私にあれば、おそらく中学に入ってすぐに不登校を選んでいたと思います。
小学生の時にわかっていたら、どうしたかしら?
………なんて、今考えても仕方ないことなのでやめますけど。

でも、こういう経験をした私としては、たった今お子さんのことでお悩みのお母さんには、「学校に行くことにこだわらなくても大丈夫。」と伝えていきたいですね。